★記事ブレイクの起点、常にFacebookだった。「友達」の力、やはりスゴイ!

ブレイクの起点
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日本のFacebookは最近、旗色が悪いように見える。2012年前後の熱狂がうそのようだが、”空騒ぎ”は冷めてくれてけっこう! 物の道理が分かったおとなたちが残ってくれればFacebookは最強になる。今こそ「強い理由」を語ってみたい。

 

■Facebookは気まぐれな皮肉屋だろうか

Facebookを始める理由は人によってさまざまだったと思う。
僕の場合は「いずれビジネスを始めるから」というのがあった。
よくあるパターンで、これほど巷に「Facebookはビジネスに使える、使える」と騒がれた割に、「成功したのはFacebookのおかげ」という人はきわめて少ない。お店の集客を期待した人も、大半は、今は肩をすくめて見せるだけ。僕も何度か言ったことがある。
「Facebookのバカ野郎め! なんにも頼みになりゃしない・・・・」

 

それなのにいまだにこのブログを書いている。
やっぱりFacebookが好きなのだ。それ以上に、Facebookの力を信じているから。
「これは受けるゾ」と勢い込んで書いたとき、たいてい思惑は外れる。
Facebookは意地悪だ。

 

たいして期待していないときに拡散が起きることがある。
クチコミ爆発といいたくなるような突然の表示数激増や「いいね!」の殺到。
Facebookは皮肉屋だ。
いつも期待を裏切りながら、欲もなにもないときに案外律儀にお返しをしてくれる。

 

■すごい記事、でも誘導効果はすごくない!?

今までいくつかヒットした記事がある。

★“解約金”拒否の論理! ユーザー脅して囲い込み、に屈してはいけない

★鍵を掛ける人になりましょう! Facebook友達のプライバシーはあなたが守る

★動画「鷹の選択」できすぎたストーリー、拡散させるあなたにも責任!

★Facebookの個人アカウントは非商用、初歩的ミスを指摘しづらい私・・・・

 

僕のブログで最初にヒットしたのが「解約金拒否の論理」だった。昨年5月7日、妻が携帯電話契約と抱き合わせで買ってしまったミニWifi機器を、1年半も待ってSoftbankショップで解約しようとしたところ「解約金」を請求されたという話。その理不尽さに頭が沸騰しながらも極力冷静に書いた。ブログを始めて2カ月余り、それまで1日のアクセスがめったに500を超えることがなかったのにその日は2800、翌日は7500にまで膨れ上がった。ブレイクの主因はFacebookだった。

 

20140507解約金のブレイク

Facebookの個人ページに書いたこの記事は、多くの人をブログに連れてきてくれた

 

 

と言っても、当日のFacebookに書いたブログへの誘導記事を今振り返っても、「すごい」というほどの反響には見えない(もちろん常と比較すれば「いいね!」数もシェア数はだんぜん多いですよ)。
しかしブログ側から見ると、Facebook経由のこの日のアクセスは1159人▶翌8日 3557人▶9日 2555人という大動員。ツイッターはというと(僕のフォロワー20万人だが)当日のTW経由のアクセス285人▶翌日 714人▶9日 217人と大したことはない。

 

「解約金拒否」をテーマにしたこの記事は、Facebookの反応もよく、ブログ本体もよく読んでもらえたという例だ。
だから「Facebookはブログへの誘導効果が大きいですよ」と言いたいのではない。逆である。
Facebookのブログへの誘導効果は大きいようには見えない(本当は大きな効果があるかもしれないのに)」ということをいいたいのだ。
今度は、2014年7月19日に書いた「鷹の選択」の場合を見てほしい。

 

20140719鷹の選択

ブログ記事「鷹の選択」を紹介したこのFacebookの記事はそれほどの反響を得られていない

 

この「鷹の選択、できすぎたストーリー」は現在までに1000を超えるいいね!・シェアをいただいている記事だ。
しかしFacebookに書いた”誘導記事”へのいいね!は43であり、「大反響」を得られたわけではない。事実、この日のブログへの誘導効果は200アクセス程度にとどまっている。しかし1ヶ月半ほどたった頃、誰かがネットでこの記事を引用してくれたらしくにわかにアクセスが急増した。それでもう一度紹介記事を書いた。その時の反響も48いいね!だから前回並み。しかしこの時はFacebook経由でブログに3000人を超える人が訪問してくれた。様変わりである。きっかけを掴むとFacebookはブレイクしやすい。今も時折、この記事は小粒ながら見直されるときがあるようだ。

 

2つの例を示したように、Facebook記事だけを見ていると、ブログ等への誘導効果はあまり良くないように見える。
ふだん書く記事への反響と比較すると、いっそう強くそう感じられるはずだ。
僕はしばしば、ブログに書くのとほとんど変わらないくらいの勢いで紹介記事(誘導記事)を書く。そこまでしても、手ごたえは明らかに低い。いつも書いている記事の3分の1から5分の1くらいの感覚。
しかし最近は、慣れた。Facebookでいいね!をもらえなくても、”そこそこの反響”があればブログはかなり読まれることがわかってきたから。

 

■でもFacebookなしでは起きないブレイクだ!

もうひとつ例を挙げたい。この記事だ。

 

20140708うっとうしい人(ブログ)

この記事は私のブログの中では最も読まれている記事だ

 

2014年7月8日初出。

★「制限リスト」を使え! Facebookでうっとうしい人に投稿を読ませない法

この記事は現在までに15万人がアクセスしている一番の”人気記事”である。よく読まれている割に「いいね!」数は少ないというのが特徴で、「読んだ」という足跡を残したくないという心理が働くのかもしれない。ある意味、”人を排除する方法”について書いた記事だからビミョーなところがあるのだろう。
この記事へ誘導するためのFacebook記事も、見た目でわかるほどの反響を得られていない。

 

この記事には続編がいろいろあるので、書くたびにそれもFacebookで紹介。その結果、すべての元であるこの記事が何回となく人に読まれているうちにSEO(検索エンジン最適化)効果が高まったらしく、検索上位に表示されるようになり毎日コンスタントにアクセスされるようになった。
Facebookがなければ起きなかった現象だ。

 

■Facebook効果、実はすごい

というような体験を踏まえ、僕はFacebook効果を高く評価するようになった。
例えば「アカウント管理がなっていない」「実名制なのに偽アカウントが横行」先日は「でたらめメアドでFacebook登録できちゃったぞ!」と執拗に批判はする(アカウントの厳密管理は”社会の公器”たるFacebookの最低限果たさなければならない責任だと思うから)。しかし影響力という点で、やはり群を抜いた水準にあると思っている。

 

なぜFacebookは影響力、拡散力があるのか。
理由は簡単だ。Facebookに集うユーザーの質が良いからだ。(ちょっと誤解されそうな表現だ。もう少し正確に言おう)自分の周りにいるユーザーの質がいい。「質がいい」とは”自分”にとって相性がいいとか、考えや発想を理解してくれる、共感してくれる、といった意味での”質”のことなのだが。

 

Facebookは独特のアルゴリズムを持っている。
いろいろな要素を持っているが、もっとも単純化して言えば、日頃交流している、共感指数も高く「いいね!」やコメント、メッセージのやりとりが多い人の投稿ほどニュースフィードに表示される頻度が高まるというルールであると言っていいと思う。言ってみれば”わたしの味方”が”わたし”の周りに集まるというシステムだ。

 

記事の拡散は”味方”をステップ台にして起こっていく。
こういうと日本人はすぐに「友達」を増やしたがる。
友達の数が多ければ味方が増えると思うからだ。
この誤解はいまだに強い。
だが間違いだ! その発想は捨ててしまって構わない。

 

■Facebookなら友達は150人で十分

友達は1000人も2000人もいりはしない。
そう、150人もいれば十分だ。
僕は3000人も「友達」がいる。エライと言っているのではない。「ばかだったなあ(そんな無駄をして)」と言いたいのである。

 

試しにプロフィールページで友達タブ(顔写真一覧)を開いてみてほしい。上から順番に見て行こう。さすがに顔と名前が一致するだろう? はじめの10列くらいまでは。ずっと下の方までスクロールしたらどうなる? そろそろ名前が出てこなくなるのでは?
僕は150人くらいが限度だ。
その下まで行っても、名前を見れば「こんな人もいたな」と思い出せるけれど、それも300人程度まで。それ以上スクロールしたらちんぷんかんぷんになる。

 

人間の能力はそのようにできている。
心を込めて交流できるのは最大150人くらいまで。
そしてFacebookはそんなこと先刻ご存じで、150人を中心に人間関係図をつくりそこに合わせて友達の投稿を表示している。

 

■あなたの周りの”理解者”を信じろ

友達を増やそうなどと思わず、ふだん接している人たちといっそう親しくなるように努めればいい。
Facebookユーザーの個々のレベルはかなり高い(と僕は感じる)。
それは、ある人の周りにはその人を理解できる人のみが残るからだ。
遠くまで行って売り込まなくても、近くの人が共感すれば勝手にその向こうの人に伝えてくれる。

 

驚くべきは、僕が書くFacebook絡みの記事でも、反響が250倍も違うことがあることだ。
関心を呼べなければ、計ったようにスルーされる。記事が滑ってしまう。
友達の眼力、恐るべしだ。
反響がないのは僕が悪い。的外れだったということだ。理解できない書き方をしたということ。それか、独りよがりだったのだろう。「読み手が悪い」わけじゃない。

 

最近は「Facebook」というテーマから離れ、遺言や相続、終活の話を書くことが多くなった。すると、見事なまでに反響を得られない。
[電本カリスマ.com]へのアクセスは月間10万アクセスあるが、「終活と遺言相続.net」は今月ようやく5000アクセスに届いたところ。
1記事への反響など比べても仕方ない。せいぜい数十、1ケタなんてときもある(ほんとうにイヤになっちゃうよ・・・・)。

 

ブログへの誘導記事は今年から個人ページでなく、もっぱらFacebookページの「ジャーナリスト石川秀樹」に書くようにしている。まったく、記事によってばらつきがある。「遺言相続」の記事は半日がかりで書いても100アクセスに届かない日が多い。Facebookが好きな人が僕の周りには多いはずだから、(テーマが)ミスマッチしているのだろう。わかっていてもつらい。とても悲しい。
しかし希望をもっている。なぜならアクセスはほんの少しなのに、記事を読んでくれた人の「いいね!」率はかなり高いからだ。

 

つまり、書いている記事の質は悪くないということ(だと思っている)。誠実に役に立つこと、自分の発見を書き続け、書いたことを発信し続けて行けば、やがて僕の周りにいる人自体が少しずつ変わってくるだろう。時間はかかるかもしれない。でも、あきらめずに書き続けたていくつもりだ。

 

■発見されるまで記事を磨き続ける

「Facebookはビジネスに使えない」「Facebookなんてクソだ!」という批判はまったく当たっていない。Facebookは的確にあなたに反響を返しているだけだ。期待する状況を作り出せないのはツールが悪いからじゃない。あなたが悪い(そう、”わたし”が悪いのだ)。もしくは「はじめから成功したい、成果を得たい」なんて、あなたの発想が図々しく身の程知らずだったというものだ。

 

僕の2つ目のブログ「終活と遺言相続.net」は今のところ成功していない。しかし世の中に有用な情報を発信し続けるつもりだ。今は「友達」や「(Facebookページの)ファン」が望む記事とずれが生じている。書き続けていれば、古くからの友達は去っていくかもしれないが、新しく友達になってくれる人も増えていくだろう。
よい記事は裏切らない。Facebookをやっている人の眼力はそれをきちんと見分ける。発見してもらえるまで、まだまだ粘っていくつもりだ。

 

ジャーナリスト石川秀樹

■■電本カリスマ.com■■■

 

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