統計データは正しい。しかし「ニュース」は時どきウソをつく――。
次の見出しをお読みいただきたい。
SNSトラブル最多7000件 昨年度
中高年の相談増える 消費者庁など
■数字の解釈は記者の一存で変わる
日経新聞が2015年6月14日、朝刊社会面準トップで掲載した。
あなたはこの見出しから何を感じ取られただろうか。
「SNS(ソーシャルメディア)怖いな。イヤな思い、しそうだ」
「やっぱり」「そうだよね」「だからSNSなんかやめよう」、と鵜呑みにされるとヤバイ。
もう一度言わせてほしい。
統計データは正しい。しかし「ニュース」は時どきウソをつく。
新聞社が事実をねじ曲げている、と言っているのではない。
統計データは「ウソは言わない」。この場合「トラブル最多」は事実なのだろう。
しかし「その数字の解釈」は記者の判断に任せられている。勝手なのである。
■SNSにケチをつけることを好むマスコミ
どういうわけか新聞社、テレビ局の記者やデスク、ディレクターは、インターネット、分けてもSNS絡みで“不都合な事実”が出てくると「何かとても重要なことが起こった」「時代が変わった、ご用心ご用心」的なイメージで“事件”を報道するのが好きである。
新参メディアへのいわれなきプチ憎悪はいったいどうしたことだろう。
多くの人がそれをそのまま受け止める。
やめていただきたい。
ここまで私は何を強調しているかというと、日経新聞が書いた冒頭の記事は今どきのマスメディア特有の病気、「新興メディアに対してバイアスがかかってしまう(偏見、先入観がある)病気」そのものであるということだ。
どうバイアスがかかっているのか、ご説明する。
統計を扱う記事を読むとき私は、ニュートラルに読みたいのでオリジナルなデータを探す。
今回も検索してみた。しかし、直近「2014年度」の消費者庁のデータは見つからなかった。ここでいうデータとは「平成27年版消費者白書」を指す。日経の記者はわざわざ「消費者庁への取材で分かった」と書いている。白書の発表前に聞いたんですよ、と強調したいわけだ。
「平成27年版―」はネット上にはない。次善の策として「26年版」を参考にした。
さらに、白書の付属文書として昨年は国民生活センターが「SNSに関するトラブルとその現状」と題するPDFの文書を発行していることがわかったので、それも読ませてもらった。これらの資料を見ていて気づいたことがある。
「消費者のSNSトラブルの伸長はSNS普及度と完全に一致している」ということである。
グラフにしてみた――――――
2009年度は和製SNSのmixiがあったものの、トラブル件数はさほどでもなかった。
ツイッターは10年度に一大ブームを巻き起こした。そして11年度から12年度にかけてはFacebookの熱狂があった。段、段と数字が跳ね上がっている。そしてLINE。LINEは12年に普及の足掛かりをつかみその後急伸、現在は5000万人のユーザーを誇り息長い成功の軌跡を描いている。13、14年度にかけての大きな“段差”はその証に見える。
■SNSが伸びたからトラブルも増、当たり前ではないか
<SNSの普及と共に日本でもSNSトラブルが急増している>
これがこの統計グラフから見えてくる事実である。
しかし私は他の数値と比較してみたとき、1つ大きな疑問を抱いた。
『SNSトラブルの数字が少なくないか?』ということである。
不勉強な記者たち(?)と違って私たちは毎日、ツイッターで、Facebookで、LINEで、思わせぶりな詐欺の手口に接している。おおむね幼稚で見え透いているが、時どきハッとするような新しい手口もあり「やつらも研究している」ことがわかる。リアルな世界と同様、詐欺や悪質商法はSNSの中にもある。当たり前である。
しかしこれだけ頻繁に見かけるのに、今回の相談件数は少ない。
現実社会でこれほど図々しく詐欺、悪質商法を仕掛けてくることはない。
この「頻繁」「あきれるほど執拗」はネット特有である。悪(ワル)もお手軽なのだ。
ところが“成果”はあまり上がっていないようではないか。
日経新聞が大々的に取り上げた割には、という意味である。
■SNSトラブルは相談件数全体の0.78%!?
日経だって、当然気がついているはずだ。なぜなら、記事の途中でちゃんと書いている。
悪質商法や製品の欠陥など、消費者トラブル全般の相談件数が14年度は約94万4千件で、2年連続で前年度を上回る見通しとなったことも判明した。
「消費者トラブル」の分母は94万4千 !! すると「SNSトラブル」の全体における比率は?
0.78%である!
1%に満たないミクロの話題を拾っているのだ。
「ミクロの話題」とこき下ろしたので、もう少し子細にこの数字の意味を追おう。
ふだんからインターネットに接していれば(記者でなくても)多くの人が、ネットで消費者が引っ掛かりやすい詐欺は何か、ご存じなのではないか。私の感覚で言えば
- 出会い系サクラサイト詐欺
- アダルト画像・動画のワンクリック詐欺
- 使ってもいない会員制サイトに登録し滞納しているとの架空請求詐欺
このほか「悪質商法」まで入れれば「通販サイト」の問題も出てくると思われる。
白書は各年次の話題を取り上げているので、これらトラブルの発生頻度をドンピシャ表わす統計はないが、例えば平成26年版白書で、▼アダルト情報サイトに関する相談は7万9,286件、▼ネット通販に関する相談は5万364件だった。
また▼架空請求詐欺は(国民生活センターへの相談件数で見ると)2009年度が6万1,245件、最新2012年度3万7,131件。
こうした数字と比べて、SNSトラブルの総数7000件は多いのか、少ないのか。
■問題にするほどのSNSトラブルなのか
実際に日経の記事が取り上げた「SNSトラブル」は▼1.出会い系サイトへの誘導▼2.知人だと思ったら“なりすまし”▼3.広告の「無料お試し」が定期購入になっていた――の3点である。
この中で「SNSらしいトラブル」といえば“なりすまし”だと思うが、なりすまされた結果なにが起きたのかについては、記事では掘り下げていない。
平成26年版の「SNSトラブル相談件数」を上に挙げた。
前年版なので日経が例示した「なりすまし」は件数に入っていないようだ
「他のデジタルコンテンツ」とは、SNSサイトや懸賞、占いサイトなどが対象。
「デジタルコンテンツ全般」とは、内容の特定できないネットサイト利用料など。
多種多様な相談について国民生活センターはこの年、以下のように解説した。
最も相談件数が多いのが「出会い系サイト」であり、SNS上での友人申請の後、サイトへ誘導されるケースが主な相談内容になっています。
また、SNSに表示された広告がきっかけとなったトラブルも多く、SNSの広告をきっかけに副業サイトに登録し、そこからメールのやり取りをしなければならないと誘導されたケースや、健康食品等の無料サンプルを試すつもりが定期購入となっていたケース等も見られます。
そのほか、個人情報の流出や退会手続等のSNS利用自体のトラブル、SNS上での嫌がらせ、なりすまし、架空請求等のデジタルコンテンツ、「オンラインゲーム」等があります。
解説の中で「個人情報の流出」「SNS上での嫌がらせ」「なりすまし」などSNS特有の問題も指摘されているが、件数としては少なく言及しただけで終わっている。
ここでも一番の問題としているのは「友達申請を装った出会い系サイトへの誘導」だ。
これについて私は同情する気になれないでいる。見ず知らずの人からの誘いにやすやす乗せられ悪質サイトに誘導されるのは、曲がりなりにも社会性のあるメディアにいるのに、構えが甘すぎるのだ。
もしこの辺を論拠にして「ねっ、SNSってコワいでしょう? だからFacebookなんかやらないほうがいいですよ」と言いたくてあの記事を書いたのだとしたら、週刊「AERA」に「SNSしない『NSN派』」を書いたライターと同レベルだ。
彼女は自らSNSを使うことなく、登場人物をすべて仮名にしてSNS批判をしていた。
※参考 ★再掲!<SNSしない「NSN派」を報じる『AERA』の不見識>
■記事は読者をミスリードしている!
マスメディアの通弊として新しい事象に飛びつきたがる、
今回の「白書」で言えば、「SNSの話題」は目新しい。
その相談件数が跳ね上がった、という現象に目をつけるのは間違ってはいない。
間違ってはいないが、書かせたかったのは国民生活センターの方ではなかったか。
いかにも新らしい事象で、困り顔で指摘しておけば大きく扱ってくれそうに見える。
新聞は記事や映像をつくるために「一部の事実を切り出して強調する」手法をとる。
今後広く社会問題化していくであろう、というならそれも許されるかもしれない。
だが今回の問題は、ただSNS利用者のフワフワと浮ついた使い方は危険ですよ、というにすぎない。
しかも記事の力点はそこですらなかった。
とりあえず「数字が跳ね上がってます」と報告したに過ぎない。
「毒にも薬にもならない」という言い方があるが、この記事ははっきり言って「(読者を「SNSは危険だ」とミスリードする)毒はあるが、(数字の原因をつかまえ利用者に警鐘を鳴らすという)薬のかけらもない」内容だったと思う。
■社会面準トップにしたデスクの見識を疑う
この記事を朝刊社会面の準トップに据えた日経デスクの見識を疑う。
そもそもあなたはツイッターもFacebookもLINEすらやらない人ではないのか。
記者はもしかしたらもっと書き込んでいたのではないだろうか?
いっぱしの記者がこれほどお粗末なわけがない。
しかし社会面のスペースは限られている。「SNSとは」という「とは物」はSNSを知らない読者が多いだろうから必須の記事。削れない。しかも「原宿駅前のパスワード」の話もあなたの感覚では「同じネットの話題」だから“合わせ技1本”で準トップに仕立てたかった。
それに(官庁からの)“発表もの”ではなく、取材して“新しい事実”をものにしたのだから、記事を一翻(イーハン)増しにもしてやりたかっただろう。
残念ながらあなたの判断は誤っている。
この記事を活かすなら日曜日付けの社会面に無理やり詰め込むのではなく、特集ページ、またはページの何分の一かを割けるページで「畳付けの記事」としてていねいに扱ってやるべきだった。
中途半端に記事を切り刻んだために、全体として意味不明になった。
と私は、「記者が書いたオリジナルな記事の運命」を、そのように推測している。
その結果、多くの読者をミスリードするだけの記事になった。
とても残念だ。
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