★外山ひとみ急逝から半年、彼女のまなざしが違って見えた!

外山ひとみ
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 もう半年たつのか。

写真家・作家の外山ひとみさんが白血病で急逝、の報を聞いたのが6月3日のこと。
前々から本人がFacebookで病気のことは語っていたから、病状を楽観していた。
<クスリでコントロールできるに違いない>

 

■挑み続けた人生から垣間見えるやさしさ

手元に彼女に送ってもらった写真がある。
2回目のヴェトナム取材のときのものと思われる。
女マッチョの趣きでタンクトップにジーンズ姿。
脚を広げ、重たいカメラをヒジで支え、不敵に笑いかける。

 

世間に挑み続けた人生だった。
だから僕は無意識に写真のやや斜めのポーズに強がりを感じたし、
視線を根拠もなしに”強く激しいもの”のように見ていた。
だがきょうあらためてこの写真を見ると、別人が浮き出てきた。
かすかに微笑んではいるが、目は心やさしげで包み込むようだ。

 

<こんなまなざしで彼女たちを写し撮ってきたんだ・・・・>

 

外山ひとみが2年前、「書いてよ」と私に託した記事の感想を再掲する。

 

★写真家・ジャーナリスト 外山ひとみが見てきたもの

朝から、黄ばんだA3判大ぶりのスクラップブックを見ている。
僕が28歳から35歳までの8年間、週1回朝刊に書いてきた記事である。
3冊目の中ほどにプロカメラマンをめざす「外山ひとみ」さんの記事がある。
日付は1980年7月3日、あれから32年もたってしまった。

 

外山さんが先日、最近の仕事を送ってきてくれた。
分厚い封書を手にして、Facebookで彼女を見つけて以来、気軽な調子で「何かあったら送ってよ」とメッセージを入れていたことを後悔した。
ジャーナリスト・外山ひとみが写し、書いた記事は、「気楽に紹介を書きます」というような軽いものではなかった。

 

*『婦人公論』に「死刑執行と刑務官の苦悩」を寄稿

『婦人公論』(10/22号)に書いたのは「女子刑務所 知られざる世界 特別編―死刑執行と刑務官の苦悩」。
この号の表紙は女優・草刈民代で、深みのある明るい表情が印象的だ。
しかし外山ひとみのテーマは「死刑」である。
社会派の婦人誌とはいえ、いささか重い。

 

が、書き手としてはこれ以上の適役はいないのだろう。
彼女は23年間も刑務所の中を取材してきた。
20代後半から、回った刑務所は40カ所以上にのぼる。
だからこその起用なのだった。

 

殺人をおかした者、死刑囚と日々を過ごした刑務官、受刑者の社会復帰を支えてきた人……、「刑務所」を通して重層的にこの問題を考えてきた彼女だから感じられる思いがある。
それは、観念や常識、あるいは自分一個の正義感で死刑を論じる者たちの決して持ちえない視点だ。

 

送ってくれたのは他に、
「女の事件簿 彼女たちの殺意と魔性」
「女子刑務所 知られざる世界」1回~最終回(6回)
いずれも『婦人公論』のコピーだった。

 

外山ひとみ

ヴェトナムを取材当時の外山ひとみさん。腕っぷしを自慢した気にも見える若く精気があふれた身体に、やさしげな眼が印象的だ

 

 

*暗いドラマに時おり陽がさす瞬間も

「女の事件簿」では、育児で追い詰められ暴力をふるい結果的に子どもを殺めてしまった母親と、
家業不振と自殺願望のため一緒に死のうと2児を殺してしまった母親に取材している。

虐待の連鎖、うつ病、経済的困窮……、本人だけの責任といいきれない環境変化に押しつぶされていく人間の姿を追っている。

 

何が外山ひとみをかりたてているのだろう。
「自分の罪を、時間が解決してくれることは、一切ないとわかっています。
でも、ただ死にたいと考えていること自体は、子どもたちが喜んでくれないだろうと……」
無理心中で生き残った母親は、少しずつ生きる意欲を取り戻しているようだ。
今、この受刑者は刑務所内の作業の班長をやっている。

 

『誰かに頼りにされることで、人は変われるのかもしれない』
人を傷つけた魂が人に頼られることもある、深く重い、普通の人から見れば「暗い」人間のドラマにも、時おり陽がさす再生の物語もある。
ジャーナリストの目は、そこもとらえている。

 

*安全な生き方をしない女に「生きる」という視点で迫る

外山ひとみさんを取材したのは、彼女が20歳のときだった。
『家』という写真集を自費出版した。社会派のカメラマンになる、そのための一歩だという。
海のものとも山のものともわからない若いエネルギーを、30歳の僕も希望をもって取材した。
といっても、今となっては『外山ひとみのもつ本当のエネルギーを、何も見ていなかったのだな』と思う。
もちろん彼女は成長して今があるわけだが、これほど執拗でテーマを深く掘っていく心のマグマがあったのだとは、想像もできなかった。

 

彼女のブログに「いつも路上に身を置き、被写体と添い寝をするような作品を心がけてきた」という言葉があった。
僕のような新聞社に所属した記者の、到底発することのできない言葉だ。

フリーランスには記者クラブもなければ、守ってくれる組織もない。
ただひとりの人間として“現場”にいて、自と他と同じ平面で対峙してレンズを向け、心の内面までも聞こうとする。
その作業を30年以上も積み重ねてきた。

 

初期のテーマは、原宿あたりをかっ歩する10代の少女たちの揺れ動く心身に視線を向けた。
1990年代にはヴェトナム、カンボジアに赴き、なお戦争の傷跡が残る中、生きるエネルギーが横溢した普通の人々の暮らしを切りとった。
90年代後半に、(たしか週刊誌などでも話題になったとおもうのだが、)「MISS・ダンディ」女として生まれながら男性として生きる人たちを写し出した。
普通に生きる者たちからすれば「際物(きわもの)」としか見えない対象に近づいていくのはなぜだろう。
「好奇心」というかもしれない。
エッジが立っているテーマの方が売れる、ということなのだろうか。

 

違うと思う。

 

心と身体が不一致に生まれてきた性同一性障害は彼女たちの罪ではない。
人格と自分の体との不一致に悩む姿に、共感できるものがあるのだろう。
やはり「におい」なのだろうな。

 

外山ひとみは安全な生き方をしていない。
彼女が写し、書いてきた世界は、(自分を含め)サラリーマン記者たちが決して踏み込まない世界だ。
誰も目を向けようともしてこなかった世界。
僕らは遠目から、ちょっと視線を向ける程度のことしかしてこなかった、
でも「生きる」ということにおいて、とても重要なテーマを宿している被写体を、彼女だけが注視し、世に送り出した。

 

*支えさえあれば……人は生まれ変わることができる

彼女の処女写真集『家』は、住み慣れたわが家が取り壊されることになり撮った、モノトーンの小さな本だった。
そこにあったのは、なつかしさと、ある種の明るさ、一言でいえば“愛する私のホーム”だ。
彼女の揺るぎない幸せの「原点」だったと思う。

 

それがあるからこそではないだろうか、
外山ひとみの写真に、僕はなぜかいつも“明るさ”を感じるし、記事に温かさを感じる。
自身「添い寝する」と書いているように、被写体への共感が写っているのだ。

 

「女子刑務所 知られざる世界」の最終回、最終ページに外山ひとみは「母子像」の写真を載せている。
幼児を母親が空に向かって差し上げている構図だ。
視線は子どもと、さらに高い天に向かっているようにも見える。
人は更生できる、社会の支えがあれば人は生まれ変わることができる。
支えさえあれば……。
彼女からの強いメッセージを、僕は感じた。

(2012年12月9日アメーバーブログ

 

■外山ひとみが珍しくも催促

正直いって、なんとも重いテーマだった。
刑務所は外山ひとみが写真家になった早々から追い続けていたテーマだ。
それが今度は「死刑囚」だ、そして彼らを身近に見続け最期の瞬間を見届ける刑務官。
私の手には余って、書けなかった。書けないまま何日も放置していた。

 

すると珍しく催促のメールが入った。
やむなく「死刑囚」には触れずに「女子刑務所」のことを書いた。
それも、ほんのさわりだけ。
30年も見続けてきた人の作品を、どうしてしたり顔で論評できよう。

 

彼女が時代から切り取って来たものは、世間に同化できずこぼれ落ちていく、
あるいはあえて離脱していく者たちの物語だ。
彼女は温かい家族に見守られているから、どんなに彼女たちに共感しても
そこにからめ取られ、一緒に落ちていくことはない。
ジャーナリストの目をもっている。

 

■刑務所シリーズの脚光を願っていた彼女

しかし同時に、そのことに後ろめたさを感じるナイーブさも持っているのではないか。
いや、これは彼女が死んでしまったから、後づけの感想なのかもしれない。
2年前の外山ひとみは一連の刑務所シリーズに入れ込んでいた。
『やっと流れが来た』と感じていたのだろう。
だから地方にいるさして影響力のない私にも、書くことを求めた。
チャンスをものにしたかったのだ。

 

外山ひとみの思いは通じたのだと思う。
翌年(2013年)1月24日に刊行した
『女子刑務所 知られざる世界』(中央公論新社)はよく売れた。
続いて出した『All Color ニッポンの刑務所30』(光文社)も注目された。
光を浴び、そしてこの2冊が代表作となり、遺作となった。

 

外山ひとみは照れくさそうに、しかし胸を張って笑っているだろう。

 

 【もうひとつの「外山ひとみ」】

★写真家・外山ひとみ 若き日の肖像

ジャーナリスト石川秀樹>■■電本カリスマ.com

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