「鷹の選択」という動画をご存じだろうか?
私は昨日、通っている経営塾で初めて見せてもらった。
感動した! 同時に、いくぶんかの”引っ掛かり”も感じた。
40歳にして大きな決断を迫られるという習性、それは本当だろうか。
■変化するため自分を傷つけるタカ
動画はコレ → 「鷹の選択」(YouTube)
※オリジナルは削除されたようです。
こちらは大幅に改定され「フィクション」であることを明示しています。
ご参考に! ↑↓
【動画「鷹の選択」の要旨】
※以下、”オリジナル版”にあった内容要旨です。
すでにこの動画はYouTube上に存在しませんが、ブログを書いた理由の中核なので、あえて残します。
鷹(タカ)は長命な鳥で70歳くらいまで生きる。
しかし40歳くらいで大きな決断をしなければならない。
座して死を待つか、つらい決断をするか・・・・。
40歳のタカはクチバシが下あごに届くほど長く、爪は鋭さを失い、
羽もくたびれて、高く、遠くまで飛べない。
“決断したタカ”は山の頂に巣を作り、
まずクチバシを岩に叩きつけて自ら砕く。
すると新しいクチバシが生えて来る。さらに新しいクチバシで
今度は足の爪を一つひとつはぎ取っていく。
爪が新生したら最後は羽だ、これも1本1本抜き取っていく。
半年後、生え変わったタカは高く飛び立ち残りの30年を生きていく。
老いてなお再生する、その再生には痛みが伴う。
その痛みを自らが選択する。
勇気がいる、ゆるぎない決意が必要だ。
最後はこのように結ぶ。
成長を望み、もっと新しい自分を見つけるためには、心の底から「変化」を期待し行動しなければなりません。
・・・・・・・・
あなたが心から探し求めている「生きる意味」とは何でしょうか?
変わりたい自分が「こころの扉」を叩く、のであれば、その気持ちと素直に向き合い、最も大切な事を選ぶ「勇気」を忘れない。
そして「成長」を求める自分を否定しない。
■「これ、本当でしょうか!?」と答えた私
見事なストーリーだと思う。
人生の何ものかを語っていて雄弁、詩的で、しかも美しい。
こういう生き方や考え方を私は好む。
一度しかない人生なら、このような挑戦者であり続けたい。
そういうことを感じながらDVDを見入ったのだが、
塾長から「石川さん、どんな感想をもちましたか?」と問われた時、
私は「これ、本当でしょうか!?」と、思わず答えていた。
素直に感動を表現すべきなのはわかっていたのだが・・・・。
この動画は2012年2月27日、YouTubeにアップされ、
現在までに58万回クリックされ、2900人がいいね!している。
元々は英語の動画を翻案して再アップロードしたらしい。
作者の善意な意図を私は疑わない。
何かを指弾して追及しようなどという気は毛頭ない。
一所懸命に生きようとする人を励ます素晴らしい動画だ。
元々の作者と翻案者にただ1つ注文を付けるとすれば、
フィクションとして、物語として発表すべきだった、ということ。
※最近の日本語版では冒頭(内容の一部はフィクションです)と付け加えられた。
実はこの検索ワード<写真上>を見て私は、少し安心した。
動画をうのみにしている人ばかりではないことがわかったから。
■この動画に違和感があった理由
ここから先は少々、堅苦しい書き方になる。
(ネットリテラシーについて説明したいのであって、
動画を批判するつもりではないことを再度断わっておく)
ノンフィクションらしい動画の造りに違和感を感じた点―――
①鷹の寿命が70年
②クチバシを自ら砕き爪をはぎ、羽をむしるという習性
③「鷹の選択」と、動物が自ら”選択”するような描き方をしている点
以上挙げた「違和感」は後付けである。
直感は「これ、本当でしょうか!?」に尽きる。
話が出来過ぎている、と感じたのだ。
それで『そう言えば、おかしな点』を後から抜き出したわけだった。
①猛禽類の寿命については「野生では10年前後」説が多いようで、
それも専門家の観察記録によらないから「不明」とするのが妥当。
②今回の話の中心であるこのような「鷹の習性」については確証が薄い。
Wikipediaによれば「くちばしは、使うことで磨耗しても、鳥が生きている限り
再生していく」し、爪は失えば再生し、羽毛も抜ければ生え変わる。
だからタカにもし意思があれば、”自傷して再生”は、なくはないかもしれない。
しかし、猛禽類の自傷行為は検索した限りでは報告されていないようだ。
③タカの「選択」は最も引っ掛かっているところだ。
「タカにもし意思があれば」と書いたが、あるとすれば「習性」であろう。
DNAに組み込まれた行為なら、観察されるし、記録に残りそうだ。
だから遺伝子レベルの「自傷の習性はない」と断言できる。
では”特別なタカ”が存在し、「選択する」ということはあるのか?
もっとなさそうだ。
猛禽類に多少の個性(個体差)はあるにしても、生と死の線上で
「死を待つ組」と「果敢にチャレンジする組」に分かれるとは思えない。
後者の組があるとすれば、その勝ち組は遺伝子をより濃く残すだろう。
やがて種の習性として勝ち組のDNAが刻印されていくはずだ。
■ネット情報を頭から信じ込むのは危険だ
以上、だいぶ理屈っぽい。
一言でいえば、初見、ストーリーとしては心を打たれた。
しかし”真実性”についてはウソだろうと思っていた、ということ。
(「ウソ」と書くときつすぎる。フィクションだろうと思った)
だから、感想を問われてトンチンカンな反問がつい出てしまった。
さて、ネットリテラシーについてである。
「良い話」「感動した」とブログに書いている人も少なくない。
だからこそ28万人もがこの動画を見ることになった。
そして見た人の大半が、事実だと思って心を動かされる。
「良い話」だから動かされてもいいが(無感動よりずっといい)、
ネットの情報を見る作法として言えば、頭から信じ込むのは危険だ。
それは新聞や雑誌、テレビを観るときも同じ。
活字になっているから、テレビでやっているから、イコール真実ではない。
むしろ製作意図は必ずあり、ニュースでさえも「編集がある」と思ってほしい。
普通の人が多く参加するインターネットというメディアは、
マスメディアのように”つくられる”ことが少ない、とは言える。
通常の場合、”つくる技術”もなければ”意図”もないだろうから。
しかしそれが「マスメディアよりウソが少ない証拠」とはならない。
■拡散させるあなたも”メディア”の1人
真実だと思ってウソを普通の人が伝えると、そのウソは広がりやすい。
無害なウソならいいけれど、時には毒も含まれる。
ツイッター、Facebookなどのソーシャルメディアによって、
リツイート、シェアといった簡便な形で「情報」は拡散しやすくなった。
拡散させるあなたも”メディア(媒体)”の1人である、責任を持ってほしい。
「鷹の選択」は発信から2年半がたち、
「獅子が子を谷に突き落とす」話と同じほどポピュラーになりつつある。
「変化する勇気」をたたえる寓話として語り継ぐのはいいだろう。
しかしその時は「タカのジョン」とか「白ワシのビリー」とか、
ぜひお好きな固有名詞を付けて”物語”として話してほしい。
その方がきっとこの話、素直に相手の心に届くと思う。
私のような偏屈者も、心をふるわせながら変革の志を新たにするはずだ。
※最終更新 2016/11/30
■超参考
★琴奨菊を感動させた動画「鷹の選択」はウソ!、と嗤う(わらう)テレビ朝日の不見識
「リテラシー」についての考え方。見出しだけ読むと「真逆のことを言っている?!」と叱られそうですが、
そうではありません。「ウソだと知っている」ことがエライわけではないことを理解してください。
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